[リストへもどる]
新着記事

タイトルRe^2: 母校で講演、亡母の参観
記事No3949   [関連記事]
投稿日: 2017/12/13(Wed) 22:47
投稿者立花貴
参照先http://ameblo.jp/tachibana87
松井の母さま

お言葉有難うございます。
今から亡母との対話が始まると思っております。

寒さ厳しき折り、お身体くれぐれもご自愛くださいませ。
立花

タイトルRe^2: 母校で講演、亡母の参観
記事No3948   [関連記事]
投稿日: 2017/12/11(Mon) 21:02
投稿者カズ

 うーん、このブログはよかったなあ・・・皆さん、これ読んでみてください。
 http://ameblo.jp/tachibana87

タイトルRe: 母校で講演、亡母の参観
記事No3947   [関連記事]
投稿日: 2017/12/11(Mon) 17:24
投稿者松井の母
あ!立花さんの久しぶりの投稿!
と思った次の瞬間、
お母様のご逝去を知りました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

母校での講演会、
お母様も聴きにいらしていましたね。
そしてご自身ではすでに昇華していた貴重な体験を
地域の方を通じて、改めて感じられたのだと思います。

還暦目前の私、
両親はすでに空の上の人となっていますが
亡くなってからは、いつでもどこでも会えるように感じます。
自分が思うだけ、手を合わすだけで、
心と心で話せるような気持ちになるのです。
ホントはね、実際に会いたいしね
もっともっと沢山の話を聞けばよかったと
反省ばっかりなんですけどね。

立花さん、また、こちらに書き込みしてくださいね。
千葉でひっそり暮らしている私ですが
立花さんのブログから広い世界を見せていただいています。

寒さが増してきています。
くれぐれもお体に気を付けてくださいね。

タイトル母校で講演、亡母の参観
記事No3946   [関連記事]
投稿日: 2017/12/11(Mon) 06:58
投稿者立花貴
参照先http://ameblo.jp/tachibana87
母校で講演、亡母の参観

ブログ更新しました。

タイトルはじめよう!地域学校協働活動
記事No3945   [関連記事]
投稿日: 2017/12/06(Wed) 19:39
投稿者学浩
先月、宮城県教育庁より、刊行されました
【はじめよう! 地域学校協働活動】
https://www.pref.miyagi.jp/site/kyodo/issuelist.html

40ページの大作です。(制作に少し協力しました)

和田中から始まり、今や1万校が実施している学校支援地域本部、
地域づくりにウエートを移した【地域学校協働本部】へ
発展しようとしています!!

タイトルシビレました
記事No3943   [関連記事]
投稿日: 2017/12/01(Fri) 05:15
投稿者カズ
> 先日(11/24)の公開授業でご挨拶させていただきました高田中の栗山泰幸と申します。幸運にも、ご講演を最前列で聞かせていただいていたものです。実は、学生の頃に付き合っていた彼女が一条高校生で、そのころに先生のご著書『世界でいちばん受けたい授業―足立十一中『よのなか』科』を拝読して社会科教師になると決意しました。

 おっと、これはこっちがシビレますねえ。

 時間が許せば、土曜日の「よのなか科」にもご参加ください。
 一条高校では、あと3回だけ。12/16(土)、2018年 1/13(土)、3/17(土)の朝8:00〜9:30@一条高校・視聴覚室です。

 教育とは、伝染・感染だというのは、もはや決めのフレーズになりました。
 子ども達は、教える姿より、大人が学ぶ姿から多くを学んでいるということ。

 12月4日(月)毎日放送「ちちんぷいぷい」17時前後から17時半までの間に、たむらけんじの「学校に行こッ!」で一条高校特集。校長室も映ります(笑)。

 12月14日には文科省で林大臣と対談しますが、「(ICTやスマホ&WiFiを使うかどうかは別として)主体的、協働的な学びを日常的に繰り返さなければ、子ども達の思考力や表現力は養成できない」「したがって、よのなか科的なブレストやディベートが中高の社会科や総合探求や公共の授業で必要になる」という流れはもう変えられないでしょう。
 
 健闘を祈ります!

 

タイトル先日はありがとうございました
記事No3942   [関連記事]
投稿日: 2017/12/01(Fri) 00:10
投稿者栗山泰幸
先日(11/24)の公開授業でご挨拶させていただきました高田中の栗山泰幸と申します。幸運にも、ご講演を最前列で聞かせていただいていたものです。実は、学生の頃に付き合っていた彼女が一条高校生で、そのころに先生のご著書『世界でいちばん受けたい授業―足立十一中『よのなか』科』を拝読して社会科教師になると決意しました。

それから早十数年、先生のよのなか科の授業実践や講演でのお話などを多分に授業でも活用させていただいてきましたので、わが故郷奈良で生藤原先生にご挨拶できたことが本当に光栄でした。特にこれまで正解から納得解へ、情報処理から情報編集力へという考えにこだわって授業に取り組んできたので、昨今のアクティブラーニング流行には「ようやく来たか」と感じていたところです。

ご講演の中で、「学びとは感化・感染である。学ぶ気のない教師・管理職にはただちに退場していただきたい」とおっしゃっていましたが、しびれてしまいました。明日からの県外出張へはあらためて『坂の上の坂』と『負ける力』を手元にでかける予定です。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

タイトルRe: 自殺は自殺未遂の失敗
記事No3941   [関連記事]
投稿日: 2017/11/29(Wed) 22:08
投稿者カズ
> そう考えると「自殺未遂は自殺の失敗」なのではなく、「自殺(完遂)は自殺未遂の失敗」なのではないでしょうか?
> 私は社会が絶対に防止すべきなのはあくまで自殺(死に切ること)であって、自殺未遂(死ぬ素振りをして現状を変えようとすること)は場合によっては許容されるべきであると考えます。

 なるほどねえ・・・そうかもしれませんね。

 未遂の数は、自殺してしまった人の20倍とも。50万人前後はいます。
 よく言われるのは、女性は様々な方法でシミュレーションが可能だと。変態(メタモルフォーズ)ないしは、ちょっとした自傷行為です。髪をバサッと切ったり、染めたり、ピアスをしたり、ファッションを思い切って変えたり、文字通り躊躇い傷でシミュレーションしたり・・・結婚して姓が変わることも、子供を産むことも、一種の生まれ変わり(過去との死別)かもしれません。

 男性は、この自死の真似事が下手なので、行ってしまう率が実際女性の2倍になっています。
 もしかしたら、早めに女性化してコミュニケーションを楽にし、髪型やファッションを変えるなどのシミュレーション技術を身につければ、救える男子は意外と多いかもしれないですね。

 「自殺未遂指導」というのは一見突拍子も無いように感じますが、こういうシミュレーション技術の練習という意味では、当たっているように思います。
 子供にも、擬似的な家出手法「プチ家出」を教えるとか・・・。

タイトルRe: 自殺 肯定?否定?
記事No3940   [関連記事]
投稿日: 2017/11/29(Wed) 21:55
投稿者カズ
> 藤原先生
>
> 先日のよのなか科の授業ありがとうございました。
>
> 「先に生まれただけの僕」以来9回目の投稿の「ようへい」と申します。
>
> やはり、スマホを使用したアクティブラーニングやロールプレイは、従来の講義式の授業より脳細胞が活動していて、参加者同士のコミュニケーションも格段に促進されると感じました。

 はい、ありがとうございます。

 まず、18歳にも満たない子供の自殺(小中学生を含む)はなくす努力を大人がすべきでしょうし、少しでも減るよう祈ります。

 次に、壮年期に投げやりになって、自分が死にたいから他人を巻き込む自暴自棄型の事件も後を絶ちません。これはどうやったら防げるのか・・・なかなか難しいです。

 25日(土)の「よのなか科」で生徒の一人が語ったように、安楽死問題を深く考えていくと、死期が迫る極限状況の中では「自らの意思で断食するなどして自死を選択する」ことが容認されると考える人も結構います。つまり、安楽死を肯定するということは、自殺を容認する態度でもあるということ。

 1年に1度でもいいから、あのように教室で世代を超えて考える時間は貴重ですよね。

タイトル自殺は自殺未遂の失敗
記事No3939   [関連記事]
投稿日: 2017/11/29(Wed) 18:13
投稿者佐藤未悠 < >
こんにちは。

11/25のよのなか科に参加させていただきました。
授業を受けて考えてたことを少し書かせていただきます。

タイトルのとおりなのですが、私は自殺者(死にきった人)は「自殺未遂」に失敗してしまった人ではないかと考えております。

私は、人間は生きている限り「自己存在の消滅」という意味での死を目指した行為は不可能だと考えます。
「死んだほうがマシ」と言うように、自殺企図もその他のあらゆる行為と同じく現状より望ましい生を目的になされるポジティブな行為でしょう(その過程でネガティブな行動も混じりますが、これは例えばボクシング等と一緒です)。

そう考えると「自殺未遂は自殺の失敗」なのではなく、「自殺(完遂)は自殺未遂の失敗」なのではないでしょうか?
私は社会が絶対に防止すべきなのはあくまで自殺(死に切ること)であって、自殺未遂(死ぬ素振りをして現状を変えようとすること)は場合によっては許容されるべきであると考えます。
しかし世の中ではこの点が混同され、ヘタクソな自殺未遂(=自殺)を助長するような道徳規範が多いように思います。

就活に失敗して自殺する大学生が毎年出る。
就活に失敗しない為の就活指導があるなら自殺未遂に失敗する(本当に死んじゃう)ことの無いように自殺未遂指導があってもいいんじゃないか?

といったことを、自殺未遂に「成功」して現在結構生きやすい環境とメンタリティを獲得した私は結構マジで思っております(笑)